沿革
明治43年3月 | 秋田鉱山専門学校が設置される(採鉱学科,冶金学科) | |
明治44年5月 | 第1回入学式 (日本人学生53名、中国人学生4名)を挙行する | |
大正元年12月 | 校友会誌北光第1号を発行する | |
大正2年10月 | 開校式において現在の校旗が掲揚される 秋田時事新聞に「盛衰時に消長す」の歌が全文掲載される | |
大正9年10月 | 秋田鉱山専門学校校歌「天与の富」が完成する。 作詞 東京音楽学校 乙骨三郎,作曲 同校助教授 岡野貞一 | |
昭和3年6月 | 同窓会「北光会」が発足する。 「北光」創刊号 発行 初代会長 柏木巳間之助(冶金T3) | |
昭和4年4月 | 鉱山機械学科、燃料学科が設置される | |
昭和5年5月 | 初代秋田鉱山専門学校校長 小花冬吉先生胸像の除幕式を挙行する | |
昭和6年10月 | 開校20周年記念式典を挙行する | |
昭和14年5月 | 電気科、金属工業科が設置される | |
昭和17年4月 | 採油科が設置される | |
昭和19年4月 | 探鉱科が設置される | |
昭和22年10月 | 秋田鉱山専門学校通信教育部が設置される | |
昭和23年4月 | 附属地下資源開発研究所が設置される | |
昭和24年4月 | 鉱山学科,冶金燃料学科,鉱山電機学科からなる秋田大学鉱山学部が設置される | |
昭和26年3月 | 旧制秋田鉱山専門学校が廃止となる | |
11月 | 鉱山博物館が開館する | |
昭和28年3月 | 秋田大学第1回卒業式 | |
4月 | 東京北光会により「北光」復刊第1号が発行される 北光会基金の募集が始まる 戦後初めての北光会大会(東京)を開催し,100名余が参加する 第2代会長 大河原三郎(冶金T4) | |
5月 | 秋田北光会が開催される | |
10月 | 仙台大会が開催される | |
昭和29年10月 | 会員名簿の編集始まる | |
昭和30年4月 | 北光会美唄支部,常磐炭坑北光会が結成される 東京北光会が発行する最後の北光が発行される(第5号) 冶金燃料学科から冶金学科,燃料化学科に分離増設される | |
昭和31年3月 | 創立50周年記念の準備の呼びかけが北光を通じて始まる | |
6月 | 北光会地方支部設立案が示され,現在の9支部体制の源ができあがる 第3代会長 境田三郎(採鉱t4) | |
9月 | 北海道,東北,秋田,関東,東海北陸,関西,四国,九州の八支部が設立され, 北光会支部長会議が開催される | |
10月 | 創立50周年記念事業の一つとして,鉱山博物館の建設が提唱される | |
昭和32年3月 | 北光会中国支部が結成される 北光会が中心となり,鉱山専門単科大学としての独立運動が始まる 創立50周年記念事業会設立のための準備委員会が発足する | |
10月 | 秋田大学鉱山学部創立50周年記念会が設立される | |
12月 | “近代鉱業博物館建設資金”に関する募金活動始まる | |
昭和33年2月 | 秋田に北光会事務局を設置する案が理事会で可決される | |
8月 | 定款が制定される | |
昭和34年4月 | 定款の一部改正が行われる 秋田大学鉱山学部創立50周年記念会会報が臨時に発行される 鉱山電機学科から鉱山機械学科、鉱山電気学科が分離設置される | |
昭和35年4月 | 採鉱学科、鉱山地質学科が設置される | |
5月 | 創立50周年記念事業特報2に,鉱業博物館の設計図,竣工予想図等が 掲載される | |
10月 | 鉱業博物館の起工式が挙行される | |
昭和36年3月 | 卒業生 寺井和志蔵氏からの寄付金を基金として,北光会奨学部が 設立される NHKラジオにて,鉱専校歌及び北光寮寮歌が全国放送される | |
4月 | 定款の一部改正が行われる | |
7月 | 北光会会員名簿昭和36年度版が発刊される | |
10月 | 鉱業博物館に、昭和天皇皇后両陛下行幸啓 鉱業博物館が竣工し開館式を行う 北光会総会を博物館にて行う 秋田大学鉱山学部創立50年史が公刊される | |
昭和37年6月 | 第4代会長 兵庫信一郎(採鉱T9) | |
昭和38年3月 | 北光第25号からA5版サイズで発行される | |
8月 | 鉱業博物館講堂にて戦没北光会追悼式が行われる | |
昭和39年4月 | 機械工学科,電気工学科に名称を変更する | |
12月 | 会費納入率の低下から,北光が年3回の発行から年1回の発行となる | |
昭和40年4月 | 大学院鉱山学研究科(修士課程)が設置される | |
5月 | 北光寮,桂林寮,鳳雛寮の3つの寮を統合した,新北光寮(現在の北光寮) が完成する | |
昭和41年4月 | 鉱山土木学科が設置される | |
6月 | 北光会会費の値上げを行い,年600円となる 第5代会長 加賀谷文治郎(採鉱T9) | |
12月 | 北光の発行が年2回になる | |
昭和42年4月 | 金属材料学科が設置される | |
6月 | 旧鉱専校舎の解体が始まる 定款の一部改正が行われる | |
8月 | 第1回仙台寮歌祭が開催される | |
11月 | 北光会館直営の北光食堂繁盛する。(ライスカレー70円,和定食80円など) | |
昭和43年5月 | 旧鉱専校舎正面玄関が57年の歳月を経て解体される | |
11月 | 北光誌第35号に初めてカラー写真が掲載される | |
昭和44年6月 | 北光第36号が秋田大学の紛争に関する特集号として発行される | |
11月 | 北光第37号に鉱山学部の将来に対する学生の意見が掲載される | |
昭和45年4月 | 鉱山土木学科から土木工学科に名称を変更する | |
6月 | 北光第38号に鉱山学部の将来についての先輩の意見が掲載される | |
昭和47年3月 | 北光第41号を”鉱山学部創立60周年記念特集号その1″として発行する | |
6月 | 定款の一部改正を行う 第6代会長 稲葉久美(冶金T12) | |
昭和48年1月 | 北光第42号を”鉱山学部創立60周年記念特殊号その2″として発行する | |
4月 | 電子工学科が設置される | |
8月 | 秋田大学鉱山学部60年史が財界評論社より発売される | |
昭和49年10月 | 北光会の入会金が3000円になる | |
昭和50年4月 | 年会費が1000円から2000円に値上げされる | |
昭和51年3月 | 昭和51年度版北光会会員名簿が校舎のカラー写真入りで発行される | |
6月 | 定款の一部改正を行う 第7代会長 西 武雄(冶金T10) | |
昭和52年4月 | 生産機械工学科が設置される | |
昭和53年6月 | 第8代会長 越智 英勇(採鉱T15) | |
昭和54年6月 | 燃料化学科,機械工学科50周年記念式典が挙行される | |
12月 | 北光第55号を燃料化学科, 機械工学科創立50周年記念特集号として発行する | |
昭和55年5月 | 旧鉱専時代のシンボルであった冶金学科の鉄筋コンクリート製煙突が 39年の幕を閉じ,現在の煙突と交代する 冶金教室の旧校舎であったサークル棟が全焼する | |
6月 | 第9代会長 村井弓三郎(採鉱S15) | |
昭和56年4月 | 資源化学工学科が設置される | |
5月 | 昭和56年度版北光会会員名簿を発刊する | |
10月 | 北光第59号を”鉱山学部創立70周年記念特集号その1”として発行する | |
12月 | 北光第60号を”鉱山学部創立70周年記念特集号その2”として発行する | |
昭和57年12月 | 事務局にワープロが納入され,会員名簿作成等の業務に利用される | |
昭和58年5月 | コンピュータを利用した会員情報管理業務がスタートする 日本海中部地震発生 測定機器,その他の備品の被害額は学部全体で1550万円, 建物をあわせると約6700万円の被害が生じた(北光第65号より) | |
6月 | 定款の一部改正が行われる | |
昭和59年2月 | 毎月第1木曜日に気軽に集まれる北光会”一木北光会”(東京支部)が企画される | |
7月 | 定款の一部改正が行われる | |
10月 | 東京北光会事務所が開設される。同時に”コパー倶楽部”もオープンする | |
昭和60年1月 | 国際交流基金の設立へ向けて75周年記念会が発足する | |
昭和61年1月 | 昭和61年度版北光会会員名簿を発刊する | |
4月 | 附属地下資源研究施設廃止に伴い附属資源地学研究所が設置される | |
6月 | 第10代会長 狩野豊太郎(採鉱s18) | |
8月 | 北光第74号と75号を合併し,”鉱山学部創立75周年記念特別号”として発行する | |
10月 | 75周年記念祝賀会が行われる | |
昭和63年7月 | 北光第80号記念号を発行する | |
平成元年4月 | 電気工学科,金属材料学科が創立50周年を迎える | |
平成2年4月 | 改組再編により,資源・素材工学科,物質工学科,情報工学科が設置される 年会費を2000円から3000円に引き上げる 北光会東京支部山手線徒歩一周完歩行事始まる | |
平成3年4月 | 改組再編により機械工学科,電気電子工学科,土木環境工学科が設置される | |
8月 | 鉱業博物館創立30周年記念事業への協力に関する呼びかけが「北光」を通じて始まる | |
平成4年5月 | 北光第92号を鉱業博物館創立30周年記念号として発行する | |
6月 | 定款の一部を改正する | |
12月 | 北光第94号から学科紹介の特集が連載される | |
平成5年12月 | 平成5年度版北光会会員名簿が発刊される | |
平成6年4月 | 大学院鉱山学研究科博士課程(区分制)設置 | |
10月 | 鉱業博物館創立30周年記念式典が行われる | |
12月 | 北光第100号記念特集号発行 秋田大学鉱山学部附属鉱業博物館30周年記念事業報告書を掲載する | |
平成7年6月 | 北光会事務を35年間担当されていた高橋さんが退職する 第11代会長 秋山元雄(冶金S17) | |
平成8年5月 | 附属資源地学研究施設廃止に伴い附属素材資源システム研究施設が設置される | |
8月 | 「どう思う!どうする!どうなる鉱山学部」と題した特集号が 北光第105号として発行される | |
平成9年12月 | 平成9年度版北光会会員名簿が発刊される | |
平成10年4月 | 秋田大学鉱山学部の改組・再編に伴い工学資源学部が設置される 地球資源学科、環境物質工学科、材料工学科、情報工学科、機械工学科、 電気電子工学科、土木環境工学科の7学科となる | |
6月 | 定款の一部が改正される | |
平成12年6月 | 秋田大学工学資源学部・鉱山学部創立90周年記念式典が行われる | |
12月 | 北光第118号に「写真で見る90年」が掲載される | |
平成13年4月 | 写真特集「懐かしのあの街角-今と昔-」が北光第119号, 120号に連載される | |
6月 | 第12代会長 森 泰(採油S19) | |
8月 | 北光会のホームページが開設される | |
平成14年1月 | 平成14年度版北光会会員名簿が発刊される | |
4月 | 工学資源学研究科が設置される | |
平成15年12月 | ホームページがリニューアルされる | |
平成16年1月 | NHK BS番組「おーいニッポン!」にて北光寮と東京支部が 全国中継で結ばれる | |
4月 | 国立大学が法人化され,国立大学法人秋田大学に名称が変わる | |
6月 | 第13代会長 菊地芳朗(鉱山地質S34) | |
10月 | 北光会からオープンキャンパスで活躍した学生,研究室を対象とした賞, 「頑張ったで賞」の授与を始める | |
12月 | 秋田大学東京サテライトがオープンすると共に,北光会東京支部事務局を 移転する | |
平成17年4月 | 北光会における個人情報保護の方針を制定する 北光第131号から印刷サイズをB5版に変更し,活字を大きくした 北光寮名称存続に関する署名運動が行われる | |
7月 | 秋田鉱山専門学校,秋田大学鉱山学部,秋田大学工学資源学部創立100周年 記念事業合同企画会議が開催される 北光寮40周年記念パーティーが行われる | |
8月 | ホームページを大幅にリニューアルする |